悲劇のままの城趾 私はたしか昭和十六年であったと思うが、天草島原の乱を調べにそのゆかりの土地を見て歩いた。そのとき、原城の跡がほぼ原型のまま畑になっているのに一驚したのであった。 もともとこの城は天草四郎が立てこもったときにすでに廃城であっ…
長崎チャンポン 私は長崎が好きだ。長崎の食べ物も好きである。そして、チャンポンが何より好きである。ブタの角煮もうまいけれども、あれはそもそも沖縄のラフテとどっちが本家なのであろうか。全く同じ物である。 長崎の角煮はシッポクという宴会料理で、…
池の金魚との戦い ……そこで私は医者をおどかしてやった。 「この町に殺人鬼が現れて――たとえばアンゴという怖るべき殺人鬼が現れて、山ツツジで人を殺したら、この町の医者には死因が分らないな。よーし、次から次へと殺してやるぞオ」「おどかすのは止しな…
目的を失った脱獄囚 死刑囚が脱獄したというので、その夜の東京は戒厳令下のような物々しさであったらしいが、翌日事も起さずに京都で縛についたのはおめでたい。 彼らが脱走直後誰何(すいか)をうけたときは、一人は本名を名乗り、一人は実物の外人登録証…
二番目は酒 お前サンはどんな酒や料理が好きか。そんなことを問い合わしてくる雑誌新聞などが少なくない。お前サンの趣味は何か、という質問が一番多い。「なにイ。バカにするな。オレの趣味はモロモロあるぞオ」 と言って威張り返るわけにもいかないからも…
楽天国の風俗 ……新国軍の誕生だの徴兵是非などが新聞雑誌に論議されてワイワイ世論をまき起しているけれども、銃後に原バクがチャンと落ッこッてる今日の戦争において、兵隊と銃後に変りはない。むしろ日本のようにせまい国土においては、もうどこにいても水…
ささやかな愉しみ わが家の北西に小さなコンクリート製の池がある。池の向うのクサムラと縁の下の間を、時々フッと影ともカゲロウともつかないものが行ったりもどったりするのである。 はじめは池の水面が起す物理現象の類いかと思っていたが、日暮れちかく…
木炭の発明 伊豆の伊東で八畳六畳四畳半というたった三間の家に住んでいて、それでも寒くて仕様がなかった。 東京から遊びに来た人は伊東は暖いというけれども、住んでる人間には比較がないから暖さは分らない。肌に感じるのは冬の寒さだけだ。むしろ伊東の…
神薬の話 終戦後、私が非常に恩恵に浴して有難いと思っているのは、DDTとペニシリン及びその一族の青カビ薬である。 終戦直後、歯の劇痛に二ヶ月というもの苦しめられて、氷で冷やしながら呻うなりつづけたことがあった。歯痛は私の持病で、これには毎年泣か…
引越し性分 私は若い時から引越しの性分があった。小学校の先生をしたり、大学生になったりして小さな借家を一軒かりて、ノンキ坊の兄と婆やと三人ぐらしをしていた頃から、たいがい私の独断で、東京のあッちこッち引越して歩いた。
立直りの試合の話 私が観戦記者として見物したいろいろの試合の中で世間的にはさして重大な対局ではなかったけれども、私にとってはどれよりも忘れがたいものが一ツある。 昭和二十二年の暮ちかいころであったと思う。その年には、それまで不敗を誇っていた…
小戦国の話 首相が議会で行った演説によると、大戦は遠ざかったそうである。 なるほど、大戦は遠ざかっているのかも知れないが、その代り、どこかの小さい国に小戦が近づいているのかも知れない。 現に、世界大戦は行われていないけれども、朝鮮や仏印では小…
空とぶ円盤 昔はあの山に人を化かすタヌキがでるとか、あの村には人魂がとぶなぞといった。 今日では、空とぶ円盤が村の上空を通って行った、なぞという。 いつの時代を問わず、人生の景物のようなものがあって、半分怖がったり、薄気味わるがったりしながら…
珍試合の巻 私は終戦後どういうキッカケであったかわからないが碁、将棋、野球、ボクシング等々実に雑多な観戦記の依頼をうけ、まるで観戦屋という新商売の元祖の観を呈したことがあった。二代目が現れないうちに元祖も廃業してしまったけれども、なぜ廃業し…
日本のアンマ 私はたいがい旅先でアンマをとるので、北は奥州から南は九州まで一応アンマにもんでもらったけれども、アンマ術ばかりは日本全国同じことで、特殊な地域にローカルでユニークな流派が存在するということはないようであった。 仙台から北の牡鹿…
女子衰えたり(2) ……男女同権いらい、近来とみに女の子がカスんでしまったのは、どういうわけであろうか。 野郎どもが狸だかイタチだかネズミだかわからないようなチョロチョロした小者ばかりになって、かりにも獅子とか虎とかワニとかウワバミ〔蟒蛇=大…
どういう風向きか知らないが、近ごろ法律なぞという堅ゾウ〔堅蔵=かたぶつ〕が女性に甘くなった。 フランスでは浮気の大臣を射殺した奥さんが無罪になったが、日本でもバラバラ事件が意外に刑が軽かったり、情夫の奥さんをチョイと注射で殺した女医がやっぱ…
戦備ととのわぬ話(2) あるとき、私のところへ犬屋がやってきて、「先生は犬の通だそうですから伺いますが、柴犬やもしくは小型の日本犬はポインターなぞよりも優秀な猟犬だそうですが本当ですか」「それは訓練次第でそうなるかも知れないね」「いえ、生ま…
戦備ととのわぬ話(1) 檀一雄が石神井というところにちょっとした小粋な家を買った。いかにも当たり前の中産階級の住宅であるが、さてよく調べてみるといろいろ風変わりなところがある。 私が泊っているうちに、夜ねていて非常に息がつまるので気がついた…
モロッコミヤゲ物 皆さんが世界漫遊にでかけて恐らく日本人が誰も行ったことのないようなモロッコとか、さてはコンゴーのジャングルの土人から、コシマキのようなものをミヤゲに買う。天下の珍品を買ったと打ち喜んで日本へもどると、日本の女の子がそれと全…
文化の序列(2) 私は戦争中日映というニューズと文化映画、宣伝映画などを作っている会社につとめていた。ここは海外への映画宣伝工作の元締めだから海外の映画もここに集まる。しょっ中試写をやって関係者がそれをみていたが、私が見たのではマレー映画と…
文化の序列(1) 田舎の人は西洋の映画を見ると筋がわからないという。その理由は簡単なようだ。 たとえば一人の男が失業して街を歩いている、レストランのショーウィンドに求人のはり紙を見て扉を押して消える。つぎの場面にはもうコックとかボーイとかの…
最も健全な夢の国(2) 町人百姓はずっといじめられ通しでいながら、実は侍のもたなかった自分のタノシミや文化というものをいつもちゃんと持っていた。下は盆踊から上は天下の芸術に至るまで民は殿様の鳥カゴの中に入れられながらも自分の文化を放したこと…
最も健全な夢の国(1) 信州松代藩主に真田幸弘という殿様があった。 家来の一人に大そう小鳥好きがいて鳥カゴに小鳥を飼って愛玩していたところ、ある日殿様に呼出され、ちょうど鳥カゴと同じようなカゴの中へ入れられてカギをかけられてしまった。 時間が…
ある九州の魂 ……もう一ツ私の閉口した料理がある。カニミソという奴だ。口のまがるほど辛いのはまだよいが、トゲがさして痛くて噛めない。私はあれを食った時に、九州の豪傑どもはうまいというのと痛いというのと混同しているのじゃないかと怪しんだ。九州で…
楽天国の風俗 ……新国軍の誕生だの徴兵是非などが新聞雑誌に論議されてワイワイ世論をまき起しているけれども、銃後に原バクがチャンと落ッこッてる今日の戦争において、兵隊と銃後に変りはない。むしろ日本のようにせまい国土においては、もうどこにいても水…
芥川賞一風景(2) ……文士というものは、筆の上で偽わることのできないのが持って生まれた性根なのだから、各選者の選後評というものを読めば、選考事情はそれで一目瞭然なのである。 しかるにそれを読んでいながら、なお選考委員会の内容を具体的に報告し…
芥川賞一風景(1) 今期の芥川賞選考委員会に、二つの放送局から録音の申込みがあったそうだ。芥川賞の審査内容を具体的に報告しろというような文芸批評家の意見が諸々にあがっていた折であるから、これも世論の一とみて一度録音してみるのも面白いかも知れ…
炭坑の偉業 私のような無名の三文文士が戦時中の石炭増産週間の一役をかうとはおよそ柄にない話であるが、大井広介が北九州の某炭坑にユカリの人物で、彼は石炭増産週間につき中央の文士を炭坑夫の慰問ゲキレイに派遣するよう頼まれたが、然るべき文士にはた…
バカの仕放題 昨夕フラリと浅草へ遊びに行った。ちょうど一年目だ。自然、淀橋太郎とか森川信というような浅草生えぬきの旧友と飲み屋で顔が合う。話は自然に余人の旧悪に及ばず、主として拙者の旧悪のみが酒の肴となるのは不徳の致すところであろう。 なる…