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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

多くの人々が空襲で家財を失い、食料の欠配、よろこんで犬猫を食らい、豚のエサや雑草を食らう有様 - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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豪勢な貧乏

 私は長らく昔なら語り草になるような貧乏ぐらしをやってきた。しかしそれも「昔なら」で今では全く珍しくない。戦争中から戦後にかけては、多くの人々が空襲で家財を失い、食糧の欠配、よろこんで犬猫をくらい、豚のエサや雑草をくろう有様で、天下の珍事に類していた私の貧乏すらも物の数ではなくなってしまった。
 私の貧乏は本人が覚悟の上のことであるから何でもないけれども、戦争の貧乏は人々がそれを欲していないのに身にふりかかってきたことで、しかも全く餓鬼道の底に達した貧苦であるから哀れである。
 ちょうど太平洋戦争に突入する年のころ、私は小田原市のガランドウというペンキ屋の飯を食っていた。小田原の緑新道といえば目貫きの商店街であるが、そこに飯場の掘立小屋のような汚いウチがあって、それがガランドウの店だ。もっともお手のものの大きな看板でごまかしてるから通りから一見しただけでは分らないが内実は掘立小屋なのだ。店から奥の台所まで土間つづきと云いたいが、実はほかならぬ地球のむきだしの表土である。その地球の表土の上にフロ桶もあるし、下駄をぬいで上れば茶の間もある。
 ガランドウは今では十一人の子持ちであるが、当時は八人の子持ちで、小田原きっての貧乏で勇名をとどろかしていたのである。
 しかし今から思うと彼の貧乏は豪勢なものであった。彼は肉屋と魚屋に予約しておって、ハキダメへすてる臓物シッポ脳味噌アラの類を石油カンにつめて届けてもらう。本日は十五銭でよろしとか、本日は二十銭なぞと運んできた小僧がお金を受けとって行く。だいたい石油カン一ツのハキダメ向けに色をつけた品が十五銭から二十銭ぐらいで買えた。
 ところがこれが非常に美味である。魚のアラが美味であることは浜そだちの日本人なら大がい知っているが、日本の肉屋がハキダメへ捨ててるものが獣肉中の王座を占める珍味だということは全く知られていない。
 私が去年ヒダの高山でランチを食ったら山奥には珍しく牛のシッポのシチュウを使っていた。シチュウには普通牛のシッポを使う。タン(舌)はしつこいが、シッポはあっさりしていて素朴ななつかしい味である。
 けれども牛のシッポや脳味噌を使う料理屋は田舎にはたくさんはないから、主としてハキダメへ捨ててしまう。こういうものを石油カンに一ぱい十五銭か二十銭で買って、親子十人に居候を入れて飽食していたのである。
 もっとも、巴里パリや北京の料理人なら天下の珍味に仕立てる材料もガランドウの手にかかってはただ鍋にグツグツ煮るだけのことで、アクをぬくことを知らないから、決して美味をたのしむというわけにはいかなかったが、ハキダメへ捨てるものを常食してやがると人々に後指をさされた彼の貧乏も、今から思えば豪勢きわまる貧乏だ。そして八人の子供はまるまるとふとっていたものである。

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

 

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