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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

ヒットラーはその破壊面から狂人のように描かれたり考えられたりされ易いけどれも、その建設面から見れば天才と称せざるを得ない - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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エライ狂人の話(1)

 常人と狂人の差は程度の問題だといわれているが、職業上個人の思考や行為の振幅が常態以上に大きいことを必要とする立場の人たちは、職業上の立場と個人の立場が混線して、個人の狂気が判然しない場合などがある。
 たとえばヒットラーはその破壊面から狂人のように描かれたり考えられたりされ易いけれども、その建設面から見れば天才と称せざるを得ない。
 しかし、天才とは狂気の同義語でもあって、ヒットラー狂人説を否定することも不可能であろう。

 だいたいにおいて一代にして名をなした独裁者のような偉大な成り上り者は概ね天才的な人物であるから狂人と紙一重の危険人物と考えてよろしいかと思う。
 したがって、彼なくしては為しがたかったような建設的な業績を残す代りに、狂気の所産を置きミヤゲにする場合もすくなくない。歴史を読んでいると、ここのところは狂気の所産と判断せざるを得ない場合を見出すことが多いものである。
 歴史的に考えても、独裁者は概ね狂人的と見てよろしいようだ。そのために、せっかくの業績をのこしながら自らをもまた人民の生活をも破滅にみちびいている場合が少くない。
 要するに、独裁という様式が、彼の天才を生かし易い代りに、彼の狂気をも生かし易いところに欠点があるのであろう。狂気を押えるブレーキの機構を設ければ、彼の天才を押えるブレーキにもなり易いから、とかくヤリクリは面倒なものだ。……

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

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坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

 

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