読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

日本の独裁者で誰がどのような狂気を行っているかというと、まず豊臣秀吉の朝鮮征伐をあげることができる - 坂口安吾『明日は天気になれ』

Google AdSense

エライ狂人の話(2)

 

日本の独裁者で誰がどのような狂気を行っているかというと、まず豊臣秀吉の朝鮮征伐をあげることができる。
 秀吉は愛児鶴松を失ったときに発狂状態になった。常態を逸してフラフラと有馬温泉へ保養に行き、鬱々たる十数日の物思いのアゲク突如として朝鮮征伐を発令したのである。
 この命令は、当時においても秀吉の発狂の産物だと世人にもっぱら取沙汰されたことは、当時の文書に見かけることができる。町人たちからそういう批判の声が起ったというのはよくよくのことで、前後の史実から考えても、狂気の所産と見るべきもののようだ。
 もとより朝鮮征伐というよりも、明との貿易再開ということは秀吉のかねての念願で、その志は早くあったし、またその志は真剣でもあった。その志が深くまた真剣であるために、狂気に飛躍したときに行ってしまう。
 しかし、彼が望んだ最大のことは明との貿易で、それによって巨万の富を手に入れたいのが目的であるにも拘らず、それが戦争目的の上には常にヒタ隠しに隠されていた
 今なら貿易とか経済問題が最大の戦争理由となることは常識であるが、当時においては、そうではなくて、開戦に必要なのは他の大義名分であった。今度の太平洋戦争においても実は経済的に追いつめられて開戦しながら、大東亜理念という宗教的な大義名分を真向うにかかげたところを見ると、これは日本の性格的なものかも知れない。ところで秀吉の狂気は、信長の遺伝のようなものでもあった。……

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

「エライ狂人の話」の記事

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

スポンサーリンク