徳川家康は温厚な古狸のように考えられているが、彼の側近の記録によると、自分に不利なことが起ると、たちまち顔色が蒼ざめ、ボリボリ爪をかむ癖があった - 坂口安吾『明日は天気になれ』
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エライ狂人の話(4)
……徳川家康は温厚な古狸のように考えられているが、彼の側近の記録によると、自分に不利なことが起ると、たちまち顔色が蒼ざめ、ボリボリ爪をかむ癖があったという。そして、さてははかられたか、もうダメか、なぞと独り言をつぶやき、一時的にウワの空の状態がつづいたという。関ヶ原の時なぞも金吾中納言の裏切りが起る直前までというものは、味方の旗色が悪かったので、彼は全くテンドウ(転動)し、蒼ざめて独り言を云いながら爪をかんでいたそうである。
平凡で小心なタイプであるが、こういう人が天下を握って家をまもるという段になると、やたらに近親を疑って謀殺に励まざるを得ないような狂気も察せられようというものだ。
もともと狂的な人がエラくなっても、凡人がエラくなっても、権力を握るということは、なかばキチガイの門を開くことを意味するのではないかと私は思う。
他の時は知らず、特に昨今においては、世界も日本もその傾向はなはだいちじるしいように私は思っているのである。
(坂口安吾『明日は天気になれ』より)
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坂口安吾のプロフィール
坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説や推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。
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