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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

ある料理を客人にもてなす。「いかがですか、うまいですか」「ハ、ちょっと痛いです」 - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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ある九州の魂

 ……もう一ツ私の閉口した料理がある。カニミソという奴だ。口のまがるほど辛いのはまだよいが、トゲがさして痛くて噛めない。私はあれを食った時に、九州の豪傑どもはうまいというのと痛いというのと混同しているのじゃないかと怪しんだ。九州では痛いというのも味覚のうちで、チョイとナイフで腕を斬って、血をすすって「うむ、これはいける」とたのしむ。そういうような心境が発達もしくは転化して、カニミソに至って極まったところへ、白秋先生が誕生したりしていよいよ天下の大事になったのではないかという風に空想したのである。
 ある料理をすすめて客人にもてなす。「いかがですか、うまいですか」「ハ、ちょっと痛いです」というような会話の発生しうる場合は、カニミソのほかにはめったに考えられないばかりでなく、カニミソにおいては、そういう会話の発生するのが当然なのだから凄味がある。
 しかし、この二ツの珍妙な食べ物は、いかにも愛嬌があって食べてみると、バカバカしかったり、痛かったりするだけだけれども、そのもたらす余韻というものは、たのしく、また、なつかしい。
 一ツはいかにも手がこんで、文明開化の如くだけれども、腹の中で自然にまとまるものを先に慌てて作ったオモムキであるし、一ツは野蛮そのものの如くであるが、実はむしろカニそのものに噛みつくよりも一歩料理に近づいているのかも知れない。
 善良で素朴な魂が自我流に編みだした独特の通味というより仕方がなく、私は時々、酒ズシとカニミソが九州という善良な魂のような気がして仕方がない時があるのである。

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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