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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

ノド元すぐればで我々はもう忘れているが、戦争というものは、このような天下のバカ殿様が名君になってしまうほど怖しいものなのである - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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最も健全な夢の国(1)

 信州松代藩主に真田幸弘という殿様があった。
 家来の一人に大そう小鳥好きがいて鳥カゴに小鳥を飼って愛玩していたところ、ある日殿様に呼出され、ちょうど鳥カゴと同じようなカゴの中へ入れられてカギをかけられてしまった。
 時間が来ると誰かが水とムスビを差入れてくれる。やがて殿様が現われて
「どうだ、外へ出たいか」
「はい、出とうございます」
 と家来はポロポロと涙をこぼして答えた。
「そうだろう。出たいであろう。お前は小鳥を鳥カゴへ入れて愛玩しているそうだが、小鳥の身になってみるがよい。今のお前と同じことだ。どうだ、わかるか」
「ハイ。よく、わかりました。さっそく小鳥を放しますから、ゴカンベン下さいまし」
「それならば今回は許してつかわす」
 と放してもらったそうだ。この殿様は名君のホマレ高く、その名君の業績を臣下が録して世に残した本に『日暮硯』というのがある。この話はその本の中に名君のホマレ高い行いの一つとして述べられているものだ
 今の世にこれを名君と思う人はある筈がない。天下のバカ殿様と思うに決まっている
 ところが『日暮硯』という本はなかなか愛読された本で、戦争中には大衆向きの文庫本の中にまでこの本が印刷されていたものなのだ。
 ノド元すぐればで我々はもう忘れているが、戦争というものは、このような天下のバカ殿様が名君になってしまうほど怖しいものなのである。
 ところが徳川時代には、事実において、これが名君で通ったのだから、民の生活というものは陰惨で救いがたい。立派な大身の士ですら小鳥を飼うこともできない。百姓や女子供にノビノビと自由をたのしむことなど一瞬といえどもありえようとは思われない。……

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

最も健全な夢の国(2)

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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