私はそのようなものの現代版として宝塚少女歌劇を思うのである - 坂口安吾『明日は天気になれ』
最も健全な夢の国(2)
町人百姓はずっといじめられ通しでいながら、実は侍のもたなかった自分のタノシミや文化というものをいつもちゃんと持っていた。下は盆踊から上は天下の芸術に至るまで民は殿様の鳥カゴの中に入れられながらも自分の文化を放したことはないのである。
むしろこのようにいじめられてひそかに身につけた自分だけの秘密の文化というものは自由に許されたものよりも香りが高く、独特な風格を持つにいたるのかも知れぬ。
私はそのようなものの現代版として宝塚少女歌劇を思うのである。
女大学の風潮が現代まで残存して日本の少女をいためつけ、いびつにした産物として現われてきた奇形児の如くでもあるが、同時に、それ故にひそかに、まためざましく生育した独特な芸術でもある。
日本の男子はこれを軽蔑してまだ見ることすらも知らないけれども、実は歌舞伎もこれに及ばず、ストリップもこれに及ばない。
なぜなら少女自身が少女の意中の男子を表現しているからである。それは壮大で、正しくて、完全で、男が見ると泣きたくなるほどりりしいものだ。この上もなく健全な夢の世界である。そして、美しい。ヒゲの男子は一見すべし。
(坂口安吾『明日は天気になれ』より)
最も健全な夢の国(1)
坂口安吾のプロフィール
坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説や推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。
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