文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

耳よりな話というものは、ろくなことがないものである - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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戦備ととのわぬ話(2)

 あるとき、私のところへ犬屋がやってきて、
「先生は犬の通だそうですから伺いますが、柴犬やもしくは小型の日本犬はポインターなぞよりも優秀な猟犬だそうですが本当ですか」
「それは訓練次第でそうなるかも知れないね」
「いえ、生まれつきですよ。実はね、この近所の百姓が飼ってる犬なんですが、夜中に外へ放すと、夜明けまでに必ず山の鳥を一、二羽つかまえてもどるそうで、おまけに自分では手をつけずに、まるまる主人に差出すそうです」
 この犬屋はまだ犬の素人だ。軍隊でシェパードを扱わされた経験で、戦後犬屋のカンバンだけは掲げたが、ずッと開店休業で犬屋ズレが全然ない代わり、素人にもだまされてしまうという頼りない犬屋であった。
 だから私は彼の話なぞは全くマトモに受けとらないことにしているのだが、この時ばかりは話があまり巧すぎるから半分外れても大したものだと考えた。
「それでその犬がどうしたのさ」
「その犬の仔を買わないかてんですが、親の性能を見なくちゃ何ともいえませんや。でまア、これから出かけるんですけど、先生一しょに、いかがですか」
「性能をしらべるッて、どうするのだい」
「実は私は泊りこんで、犬が獲物を持参するのを見とどけようというわけです」
「そんな悠長なのはオレはイヤだよ。じゃア君が見とどけて本当に優秀だったら、仔犬をオレが買ってもいいよ」
「そうですか。じゃアひとつ今晩徹夜でやりますから、吉報待ってて下さい」
 彼は金モウケの当てがついたから大そう張りきって出かけて行った。
 

 夕方彼はションボリ小犬をだいてもどってきた。
「早いじゃないか。どうしたい」
「ダメですよ。犬の商売人に一パイ引っかかるところでしたよ」
「犬の商売人て、君がそうじゃないのか」
「もっとほかに悪い商人がいるんです。私が目当てのウチへ行ってそこの柴犬のことをきいてみると、みんなウソなんですね。まアたまに鳥をとってくることはあるそうですが、それはよそで飼ってる鶏を盗んでくるんだそうですよ。その鶏を外で食べずに持ってくるのは自分の小屋で食べるためだそうです。その百姓が正直者で、悪い犬屋とグルにならずにみんな正直に云ってくれたから助かりましたが、これ、どうです。買いますか? 問題の仔犬ですが」
「よせやい。タネがわかれば、買うことはないじゃないか」
タダくれたもんですからね。イヤにアッサリとタダでくれましたよ。どうも変だよ。まア、タダだからいいけれども、どうです。いくらでもいいですが、買いませんか」
「イヤだよ」
 この犬は後日大メシ食らいで有名になった。耳よりな話というものは、ろくなことがないものである
 それでも私がこの犬の持主にならなかったことは大出来と云わなければならない。

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

「戦備ととのわぬ話(1)」の記事

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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