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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

原子バクダンといい、空とぶ円盤といい、こういう怪物が日本に限って実在化するのは、当人には助からない話である - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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空とぶ円盤

 昔はあの山に人を化かすタヌキがでるとか、あの村には人魂がとぶなぞといった。
 今日では、空とぶ円盤が村の上空を通って行った、なぞという。

 いつの時代を問わず、人生の景物のようなものがあって、半分怖がったり、薄気味わるがったりしながら、実は結構そんなことで人生に興を添え、また人生をたのしんでいるのである。
 ところが、その人生の景品のようなものが、誰かの場合に事実となったときは、その誰かサンにとっては一大事である。


「御隠居さん。隣りの八サンが先夜の碁の仕返しだといって意気ごんで見えましたが」
「そうかい。ちょうどツレヅレの折だ。カモがきたな。遠慮なしに上りなよ。八サンや」
 というので、二人で夜の更けるのも忘れてパチリパチリやってる。
「旗色が悪いじゃないか。やに考えこんでるな。ムダだよ、考えたって」
「エー、おかまいなく」
「ハッハ。かまいたくなろうじゃないか。時に、なんだな。ちかごろ方々で、化け物の話がでるじゃないか。曲り角でバッタリ人に会って、顔を見たらノッペラボーだったとか、トントンと戸を叩く奴があるから、誰でえてんで、戸をあけるとノッペラボーがジッと立ってたなんてね。どうも、つまらねえことをいいふらす奴があるな。おい、いい加減にしなよ。八サンや。お前、ねむってるんじゃなかろうね」
「ヘエ、ねてるもんですか」
「ヘタの考え休むに似たり。寝てねえなら、そろそろ何とかしなさいよ。そううつむいて、いくら考えたって、いい知恵が浮かびゃしないよ。お前の頭じゃアね。そろそろ夜なか近くになったところへ、こッちは手持無沙汰で仕様がねえから、襟元からゾクゾク寒気がしやがるな。なんとか挨拶したらどうだい」
「ヘエ」
「オヤ。どう挨拶した?」
「こんな風にですか」
「エ?」
 身動きもせずに考えこんでいた八公が、盤面の上にかがみこんだ顔をジリジリジリと起して、ヒョイと立てると、ノッペラボー。
「キャーッ!」
 隠居が金切声をたてて逃げると、隣室にねていた女中のオサンが顔をだして、
「旦那どうかなさいましたか」
「助けてくれ。ノッペラボーがでた」
「こんな風なですか」
 ヒョイと見ると女中がまたノッペラボーだから、隠居はウンと気を失って、お目出たくなってしまった。人はこういう怪談をたのしむけれども、隠居の身になると、やりきれない。


 昨年の三月と十二月と今年の一月と、三度にわたって北海道の北の海岸に空とぶ円盤が現れ、この日撃者はいずれも米軍の優秀な空軍将校で、その報告は具体的で精密で、ついに空とぶ円盤は、日本の空に至って、人生の景物ではなく、実在の怪物になったらしいということである。
 原子バクダンといい、空とぶ円盤といい、こういう怪物が日本に限って実在化するのは、当人には助からない話である

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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