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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

ジェット機というすばらしいオモチャが空をとび、原子バクダンという美しい花火が咲いて、眺めは素敵だそうである - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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小戦国の話

 首相が議会で行った演説によると、大戦は遠ざかったそうである
 なるほど、大戦は遠ざかっているのかも知れないが、その代り、どこかの小さい国に小戦が近づいているのかも知れない
 現に、世界大戦は行われていないけれども、朝鮮や仏印では小戦が行われている。
 そして、朝鮮や仏印にとっては、小戦も大戦も変りなくただ戦争が現に行われているという事実があるだけの話だ。
 たぶん朝鮮の政治家が、
「オイ、安心しろやい。どうやら、大戦は遠ざかったぜ」
 などといえば、国民にぶん殴られるに相違ない。


 日本の現状はといえば、よその国では架空の怪談で人生の景品にすぎないような空とぶ円盤が、日本の北辺の海岸では実在する怪物らしい有様で、世間なみに怪談に打ち興じていられない身分のようである。
 パリだのヘルシンキだのモロッコだのというところで、そこのアンチャン連が、
「ナア、オイ、大戦は遠ざかったぜ」
「そいつア、オメデてえな」
 といっているときに、かりに日本に小戦がオッ始まっていたぶんには助からない。


 パリやヘルシンキやモロッコの姐さんが、朝目をさまして、コーヒーをすすりながら、新聞をよんでる。
「チョイと、ちかごろ物騒だわよ、この町は。またピストル強盗が現れたわよ。ピストルなんてもの製造禁止しちまえばいいのにね。オヤ? まだどこかで戦争してるとこがあるらしいわね。チョーセンと、ならびにニッポンか。これ、どこの国?」
「それはファーイーストといって、この大陸のはるか東のドン端れに、チョーセンとニッポンてえ国があるらしいな。なんしろ、はるか東のまた東、ドン端れだから、ロクな土地じゃアねえや。おまけに、そこから向うは太平洋てえ世界一の大きな海で何千里というもの人が住まねえ海なんだなア。天然自然に、そこんとこで小戦をやるてえシキタリになってからてえものは天下は太平だな」
「戦争はもうないッて話だわね」
「あんなものは、もう、はやらねえよ。もう戦争なんぞ、どこにもねえ」
「チョイと。ホックはめてよ」
「アイヨ。ウーム、いい香水の香りだ」
 

 なんて、大戦の遠ざかった国はまことに人情こまやかでよろしいけれども、そのときドン端れの小戦国では大変な騒ぎなのである。
「もう食べ物の配給が四十五日ないんですけど、ここんとこで、二、三日分、だしていただけませんか」
「ナニィ。原子バクダンがいつハレツするか分りゃしねえぞ。メシなんぞ食ったって、ムダだ
「でも腹がへって動けねえ」
「キサマ、危険思想にかぶれたな」
 ジェット機というすばらしいオモチャが空をとび、原子バクダンという美しい花火が咲いて、眺めは素敵だそうである

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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