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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

終戦後、私が非常に恩恵に浴して有難いと思っているのは、DDTとペニシリン及びその一族の青カビ薬である - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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神薬の話

 終戦後、私が非常に恩恵に浴して有難いと思っているのは、DDTペニシリン及びその一族の青カビ薬である
 終戦直後、歯の劇痛に二ヶ月というもの苦しめられて、氷で冷やしながら呻うなりつづけたことがあった。歯痛は私の持病で、これには毎年泣かされたものであるが、ペニシリンが流布してからの昨今はもう問題ではない。


 終戦前後東京にハンランしたシラミも、夏の大敵のノミも、DDTの登場にあうや問題ではなくなった。コリーという毛の多い犬と同居生活していても、まれに一匹のノミを室内に発見して大騒ぎするような昨今である。
 これぞ文明の神器と私は大そう感激して、DDTペニシリン、オーレオマイシン、クロロマイセチン、テラマイシンという神族をわが家へ勧請し、一タン緩急にそなえて崇敬をはらっている


 友人は面倒がはぶけるから大そう喜んで、各員ならびに各員の家族が病気になると、わが家へやってくる。ひどい奴は電話で、
「どうでえ。君ンとこにオーダンにきく薬はねえか。すまねえが、ちょいと効能書を読んでみてくれ」
 こういう結果になったについては、私に甚だ愚かな悪癖があったせいだ。


 私はあるときテラマイシン等一族の青カビ族の効能書を読んでるうちに、ツツガ虫〔ツツガムシ病〕も治る、という件りを発見してキモをつぶし、
「オレの生まれた新潟県中カンバラはアガノ川ッてところはツツガ虫の名産地だ。今でもオレの村では毎朝目がさめると、オトッツァン、ツツガナキヤ、とあいさつしてウレシ涙にくれるほどツツガ虫をこわがっていらア。オレの子供のころ新潟の医科大学にはツツガ虫を二十年も研究して、いまだに虫の正体を発見することができないといって悪戦苦闘していた悲痛な学長がいたものだ。正体がわからんぐらいだから、ツツガ虫の病人が助からないのは当り前の話だ。しかるに、どうだ、この神薬現れるや、歯の痛みのかたわらに、チョイと淋病でも肺炎でもツツガ虫でも治してしまうじゃないか。凄いもんだ。おどろいたか」
 といって、客あるごとに神棚をひらいて神体を拝ませて、御利益を説きながら一パイのんで酔っぱらう。いつのころから、こういう悪癖がついたのか忘れたが、犬の大敵、ジステンパーという命とりの病気を軽くクロロマイセチンで治してみせて、また新しく威張りたてたりするものだから、
「どうでえ。うちのロービョーがちょいと正体不明の病気でヨチヨチしているから、お前ンとこの神薬を一服やってみたいと思うが」
「なんだい、ロービョウーってのは?」
「学がねえな。老いたる猫だ」


 いろいろな狼藉者が現れて、ウチの神棚を騒がせる。そのたびに効能書を一読して、
「こッちの英語の効能書にこう書いてあるぜ。尚他の何病に利くや見当がつかねえから、新病を治した者は報告してくれとあらア。よーし、ウチの婆アにのませて、四十五年来の眼病を治してやろう」
 と持ち帰る奴もいる。しかし、まア、とにかく病気が治って結構な話である

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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