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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

日本人は工夫の好きな国民であるが、思いつきの根本がトンチンカンな国民である - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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木炭の発明

 伊豆の伊東で八畳六畳四畳半というたった三間の家に住んでいて、それでも寒くて仕様がなかった
 東京から遊びに来た人は伊東は暖いというけれども、住んでる人間には比較がないから暖さは分らない。肌に感じるのは冬の寒さだけだ。むしろ伊東の冬は暖いだろうと当にしていただけに寒さがこたえたのである。


 ところが上州赤城山麓、冬のカラッ風で有名な土地へ越してきて、今年は生れてはじめての寒さ知らずの冬をすごした。
 寒いにきまった土地であるし、私の借家というのが土地第一の旧家の母屋で十八畳十五畳という部屋ばかりである。戦闘準備なくしては今冬の無事越年を期しがたいというので、一番でッかいストーブを買ってきて十八畳の部屋へデンとそなえてやった。
 九州の炭坑に三が日もぐりこんだがおかげで石炭のメキキができるようになったが、わが家の石炭は石炭とボタのアイノコだ。それでもせっせとたくと二十度の室内温度を保つことができる。……


 ……私の育った越後も寒かった。あすこにはコタツというものがあるが、背中が寒いから、まんまるくなってコタツに当っている。ノビノビと健全なる暖房じゃない。
 田舎では今でもソダを燃してイブされながら暖をとる。鉢の木だ。
「ナア、オイ。燃しても煙のでねえ物があるてえと、冬に眼が痛むてえことがねえな」
「そうだとも。じっくり考えてみるべい」
 というので、煙突の代りに炭を発明した。これが運の尽きで、冬期の眼病はまぬがれたが、冬は全然暖くならなかったのである
 どうも日本人の発明には、こういう凝ったところがある。冬をより暖くするよりも眼に適したように改革するという風情に富んでいるのである
 

 サムライのチョンマゲなんぞも非常に秀でた発明であったかも知れない
「コレ、コレ。どうも人間は、年をとるとハゲるな」
「無念ながら、そのようで」
「人間のハゲにはヒタイからハゲるのと、脳天からハゲるのと二種類あるな」
「御明察で」
「この両方のハゲが分らぬようなマゲを発明いたせ」
 というのでチョンマゲができたのかも知れないな。とにかく、日本人は工夫の好きな国民であるが、思いつきの根本がトンチンカンな国民である

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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