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文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

アンコウ鍋は抜群だ。だから私もよく食った。私の名がアンゴだから - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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アンゴウのドブ煮

冬になると東京の居酒屋では「アンコウ鍋」が江戸前の肴として珍重されるが、だいたい居酒屋で食べさせる江戸前の肴は、湯どうふ、サシミ、スダコ等というものだから、その中ではたしかにアンコウ鍋は抜群だ。だから私もよく食った。私の名がアンゴだから
「また友食いしてやがるな」
 なぞと云われながら食ったものだ。けれども、現代のように、フグチリ、秋田のショッツル鍋、広島のカキ鍋というような諸国の珍味が居ながらに食べられるようになると、アンコウ鍋はさして精彩あるものではない。
 ところが、ここにアンコウのドブ煮という奇怪な食べ物があって、これは日本の食べ物の中の絶品という気がするのである。
 ちょうど去年の今ごろ、銚子の船長から、このアンコウのドブ煮をもらった。
 銚子港で船といえば漁船のことで、船長とは漁師のカシラ以外の何者でもない。アンコウのドブ煮とは、銚子の漁師の食べ物なのだ。
 アンコウは普通長さ一メートル余、幅一尺余、平たく、まるく、ノッペラボーの化け物のような大魚であるが、こいつを一匹マルマル全部食ってしまう。何物も残さずに食いあげてしまうのだから、とても一般家庭で食べるわけにいかない食べ方である。
 アンコウの身のうまいところと、臓物のうまいところだけ、まず取りわける。残ったのを骨も皮も肉も臓物も頭も一しょくたに、たたきつぶし、すりつぶし、つぶしにつぶし、しぼりにしぼって汁をとる。
 この汁にミソを入れ、さきに取りわけておいた身と臓物のうまいところをグツグツ煮て食うのである。野菜を入れるならネギがよい。
 つまり、汁も身も全部アンコウで、他にミソを使う以外には一てきの水すらも使用することがない。
 コッテリと複雑微妙、実にうまい食べ物だ。ちょっと、しつこいけれども食ってる時には、そのしつこさが、またよい。翌日になると、しつこさが鼻について、二日つづけて食う気にならない。

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

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