2017-05-01から1ヶ月間の記事一覧
ささやかな愉しみ わが家の北西に小さなコンクリート製の池がある。池の向うのクサムラと縁の下の間を、時々フッと影ともカゲロウともつかないものが行ったりもどったりするのである。 はじめは池の水面が起す物理現象の類いかと思っていたが、日暮れちかく…
木炭の発明 伊豆の伊東で八畳六畳四畳半というたった三間の家に住んでいて、それでも寒くて仕様がなかった。 東京から遊びに来た人は伊東は暖いというけれども、住んでる人間には比較がないから暖さは分らない。肌に感じるのは冬の寒さだけだ。むしろ伊東の…
神薬の話 終戦後、私が非常に恩恵に浴して有難いと思っているのは、DDTとペニシリン及びその一族の青カビ薬である。 終戦直後、歯の劇痛に二ヶ月というもの苦しめられて、氷で冷やしながら呻うなりつづけたことがあった。歯痛は私の持病で、これには毎年泣か…
引越し性分 私は若い時から引越しの性分があった。小学校の先生をしたり、大学生になったりして小さな借家を一軒かりて、ノンキ坊の兄と婆やと三人ぐらしをしていた頃から、たいがい私の独断で、東京のあッちこッち引越して歩いた。
立直りの試合の話 私が観戦記者として見物したいろいろの試合の中で世間的にはさして重大な対局ではなかったけれども、私にとってはどれよりも忘れがたいものが一ツある。 昭和二十二年の暮ちかいころであったと思う。その年には、それまで不敗を誇っていた…
小戦国の話 首相が議会で行った演説によると、大戦は遠ざかったそうである。 なるほど、大戦は遠ざかっているのかも知れないが、その代り、どこかの小さい国に小戦が近づいているのかも知れない。 現に、世界大戦は行われていないけれども、朝鮮や仏印では小…
空とぶ円盤 昔はあの山に人を化かすタヌキがでるとか、あの村には人魂がとぶなぞといった。 今日では、空とぶ円盤が村の上空を通って行った、なぞという。 いつの時代を問わず、人生の景物のようなものがあって、半分怖がったり、薄気味わるがったりしながら…
珍試合の巻 私は終戦後どういうキッカケであったかわからないが碁、将棋、野球、ボクシング等々実に雑多な観戦記の依頼をうけ、まるで観戦屋という新商売の元祖の観を呈したことがあった。二代目が現れないうちに元祖も廃業してしまったけれども、なぜ廃業し…
日本のアンマ 私はたいがい旅先でアンマをとるので、北は奥州から南は九州まで一応アンマにもんでもらったけれども、アンマ術ばかりは日本全国同じことで、特殊な地域にローカルでユニークな流派が存在するということはないようであった。 仙台から北の牡鹿…
女子衰えたり(2) ……男女同権いらい、近来とみに女の子がカスんでしまったのは、どういうわけであろうか。 野郎どもが狸だかイタチだかネズミだかわからないようなチョロチョロした小者ばかりになって、かりにも獅子とか虎とかワニとかウワバミ〔蟒蛇=大…
どういう風向きか知らないが、近ごろ法律なぞという堅ゾウ〔堅蔵=かたぶつ〕が女性に甘くなった。 フランスでは浮気の大臣を射殺した奥さんが無罪になったが、日本でもバラバラ事件が意外に刑が軽かったり、情夫の奥さんをチョイと注射で殺した女医がやっぱ…
戦備ととのわぬ話(2) あるとき、私のところへ犬屋がやってきて、「先生は犬の通だそうですから伺いますが、柴犬やもしくは小型の日本犬はポインターなぞよりも優秀な猟犬だそうですが本当ですか」「それは訓練次第でそうなるかも知れないね」「いえ、生ま…
戦備ととのわぬ話(1) 檀一雄が石神井というところにちょっとした小粋な家を買った。いかにも当たり前の中産階級の住宅であるが、さてよく調べてみるといろいろ風変わりなところがある。 私が泊っているうちに、夜ねていて非常に息がつまるので気がついた…
モロッコミヤゲ物 皆さんが世界漫遊にでかけて恐らく日本人が誰も行ったことのないようなモロッコとか、さてはコンゴーのジャングルの土人から、コシマキのようなものをミヤゲに買う。天下の珍品を買ったと打ち喜んで日本へもどると、日本の女の子がそれと全…
文化の序列(2) 私は戦争中日映というニューズと文化映画、宣伝映画などを作っている会社につとめていた。ここは海外への映画宣伝工作の元締めだから海外の映画もここに集まる。しょっ中試写をやって関係者がそれをみていたが、私が見たのではマレー映画と…
文化の序列(1) 田舎の人は西洋の映画を見ると筋がわからないという。その理由は簡単なようだ。 たとえば一人の男が失業して街を歩いている、レストランのショーウィンドに求人のはり紙を見て扉を押して消える。つぎの場面にはもうコックとかボーイとかの…
最も健全な夢の国(2) 町人百姓はずっといじめられ通しでいながら、実は侍のもたなかった自分のタノシミや文化というものをいつもちゃんと持っていた。下は盆踊から上は天下の芸術に至るまで民は殿様の鳥カゴの中に入れられながらも自分の文化を放したこと…
最も健全な夢の国(1) 信州松代藩主に真田幸弘という殿様があった。 家来の一人に大そう小鳥好きがいて鳥カゴに小鳥を飼って愛玩していたところ、ある日殿様に呼出され、ちょうど鳥カゴと同じようなカゴの中へ入れられてカギをかけられてしまった。 時間が…
ある九州の魂 ……もう一ツ私の閉口した料理がある。カニミソという奴だ。口のまがるほど辛いのはまだよいが、トゲがさして痛くて噛めない。私はあれを食った時に、九州の豪傑どもはうまいというのと痛いというのと混同しているのじゃないかと怪しんだ。九州で…