文豪語録

明治から昭和くらいまでの文豪たちの名言や名文、格言、迷言、珍言を載せていきます。

人間には個性というものがあって、その特別の限界の中で諸条件に相応した独自のものがなければならぬ - 坂口安吾『明日は天気になれ』

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二番目は酒

 お前サンはどんな酒や料理が好きか。そんなことを問い合わしてくる雑誌新聞などが少なくない。お前サンの趣味は何か、という質問が一番多い。
「なにイ。バカにするな。オレの趣味はモロモロあるぞオ」
 と言って威張り返るわけにもいかないからもっぱら返事をださない。


 江戸の小咄に、
「コレ、長吉。人間にはそれぞれ好き嫌いがあるてえが、お前が好きな物はなんだ」
「エッヘッヘ」
「イヤな笑い方だな。ハッキリ云ってみな」
「ヘエ。二番目が酒です
 このシャレはなかなか上等である。大ゲサに云えば、哲理的な味もある。
 二番目は酒、で一番目の分るところが絶妙である。「なるほど。シャレの手としちゃア、気がきいてるぜ。よーし、オレもやろう」
 というので、二番目を言っただけで一番目がピタリという奴はほかにないかとウの目タカの目で探しても、オイソレと見つかるものではない。シャレは類型をさがして、お手本に似せようと心掛けるようでは、もうシャレ本来の精彩を失ってしまうものだ。


 こういうシャレが実在しては、お前の趣味は? ときかれても、バカバカしくて、それではと返事をする気になれないのが当り前であろう。また、きく方も、きく方だ。
 しかし、突きつめればそういうものではあるが、何事につけても「二番目が酒です」式では人生花も実もない。造った物はこわれる。人間は死ぬ。色即是空。これじゃ出家遁世する以外に手がない。


与太郎じゃねえか。大きくなったな。いくつになった?」
「きいて、どうする」
「年ぐらいきいたっていいじゃないか。そう、そう、今度中学校をでたってな。お前、なんになる」
「死ねば白骨となるな」
「止しやがれ。当り前じゃねえか。子供てえものは大人になったら何になりたいてえこと考えてるものだ。お前は何になる?」
「何になるったって、してくれなかったら、どうする。オレが何になるか、方々の試験官に問い合わしてくれ」
「ヤな小僧だな。何になりてえか、てんだ」
「王様になりたい」

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 これでは花も実もないというよりも、個性がないというべきだ。煎じつめればそういうものであっても、人間には個性というものがあって、その特別の限界の中で諸条件に相応した独自のものがなければならぬ我々の人生は、死ねば白骨となるものではなく、生きてるうちが花の人生だ与太郎のようなのは、利口そうにみえるバカというべきだろう。
 ところが与太郎のような返事がすぐれたものだと思っている人がある。議会の答弁や腹芸なぞと云われているものが大がいそうだ。個性をはぐらかした答弁は、与太郎程度のバカにもできることで、個性を明確にすることの方が実はむつかしいことなのだ

 

坂口安吾『明日は天気になれ』より)

 

坂口安吾のプロフィール

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。純文学のみならず、歴史小説推理小説も執筆し、文芸や時代風俗から古代歴史まで広範に材を採る随筆など、多彩な活動をした。

坂口安吾 - Wikipedia

 

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